「あれ?焼けた?」
「外……出たのか??」
と最近職場で声をかけられる。
いよいよ俺に対する軟弱インドア君扱いもナチュラルになってきたものだ。
しかし自分では全く日焼け痕など気にならない。そこまで変化があるのだろうか?
「焼けたかな?って思ったけど腕とか見比べたらマジでハッキリ焼けてますね」と先輩からも言われたので多分本当に焼けているのだろう。
そうか、言われてみれば今月は陽の光をしっかりと浴び、健康体に近づいた月だったかもしれない。
今月を振り返ってみる……そう、ことの始まりはあの日からだった────
【6月末日】
スマホが急に壊れた。
画面の下半分が緑色に発光しタッチ操作を全て受け付けなくなり、やがて画面が完全に映らなくなった。緩やかな死であった。
特に衝撃を与えてはいない。寿命だろうか。
画面は映らないが充電すると軽くバイブの振動があったり、通知の反応もある。
まだ命の灯火は消えてはいないようだ。今のうちに何とかするしかない。
ただ……どうしよう、今はちょうど出勤前だ。最悪のタイミング。
その日はたまたま午後出勤の日だった為、出社の用意をしそのまま最寄りのスマホ修理屋へ向かうことに。
クソ……何だってこんな暑い日に。
◇
「ん〜〜〜GALAXYかァ〜〜これまた高そうなモン使ってますねェ」
怪しげなショップの店主に話を聞いたところ、GALAXY製品はパーツを全て純正で取り寄せるしかなく、そのうえ昔の型であればあるほど入手困難である為、修理だけでも高くついてしまうそうだ。
ちなみに自分のはすでに5年以上使っている型だ。
「画面の交換だけでも4,5……いや3,4万くらいはかかっちまいそうですが……どうします?」
「んん……ちょっと、考え直します」
「そうしたほうがいいな。5年使ってんなら新しいの買ったほうがいい」
◇
このままでは誰とも連絡が取れない。家で保管していた先代のスマホに、現在のスマホからSIMカードを取り出し付け替える。新しいスマホを手に入れるまで代わりにこれを使う事にする。
その端末からLINEに新規ログインしたらトーク履歴が最終バックアップ(前回の機種変更時:2020年ごろ)に巻き戻って消し飛んでしまい、急にトーク履歴にコンビニバイト時のシフト交代メッセージが出てきた。なんかネパール人のブパルくんにシフトチェンジをお願いしていた。
そして仕事の合間にソッコー新しいスマホを注文し(14万)次の日届く事になるのだが、ここで重要な事に気がつく。
画面真っ暗で旧端末が使えない状態ではデータの引き継ぎができない!
幸いにもまだ完全に死んだわけではない為、画面さえ修理できれば何とかなるかもしれない。
新端末を買おうが結局は旧端末を修理する事にはなりそうだ。今年のボーナスはここへ消える。
退勤後、届いた新端末を受け取ってからその足で近くの修理屋へ向かう。前回とは違う場所だ。
◇
「おっしゃる通り、画面の交換だけでも結構かかっちゃいますね」
状況の説明と前の店で伝えられた修理の話をしたところ、やはり同じような回答が返ってきた。
そうか……それならば仕方がないか、と肩を落としていたところ
「ただ、もうひとつ方法があって────」
と店主がメガネをクイと上にあげる。マスクを鼻の下で装着するタイプの人だ。
多分メガネが曇るのを嫌っているのだろう。
「──これはつまり“画面だけ”がおかしいわけで、それ以外は正常。正規ルートのパーツ取り寄せだと純正になる為高額になってしまうわけです」
「少し古い型ですからね、純正の製造も多くはないんでしょう」
「そう。じゃあ簡単な話“中古で入手”しちゃえばいいんです」
「どういうことです」
「お客さんがもう一台同じ機種をここに持ってきてくれれば、私が中身を付け替えて差し上げますよ」
「そんなことが可能なのですか」
「ええ、作業自体は2時間程度で終わるので入手さえして頂ければ即日でお返ししますよ」
◇
次の日、俺は朝イチで新宿のスマホリユースショップへ突撃。昨晩在庫があることはネットで確認済みだ。
無事1万8000円で購入し、クイックターン。もう新宿に用はない。30分も滞在しなかった。
その足で昨日と同じ店舗へ。
店主と目が合うなり「え、はっや……笑」と苦笑された。当たり前だ、はやく用を済ませて帰りたいのだ。
修理中はコメダで読書をして2時間潰した。読んだ本は角川ホラー文庫の『ホーンテッド・キャンパス』。ラノベに近い短編青春ホラー小説でサクサク読めていい感じだ。シリーズ物らしいので調べてみたら現在22巻まで出てるらしい。ぐっ……少しずつ集めていくか……。

◇
2時間後、店主の元へ再び訪れると無事修理は終了しており、旧端末は見事復活していた。大事なデータも全て元通りだ。店主のメガネは曇っていた。
これでひと安心、もう無意味に外を移動するのはゴメンだし、この夏は快適な引きこもり生活で耐え凌ぐぞ!と決意。ゲームでも買っちゃおうかな、などと考えていたのも束の間。数日後、テレビが壊れた。
これまた緩やかな死であった。
【7月上旬】
「デジタルデトックス?」
今は友人の對馬くんと通話中である。
(彼が登場した過去記事はコチラ)
「そう。スマホもテレビも同じ時期に壊れたんだろう?外に出て活発に動きなさいって言われてるんだよ。いい機会じゃないか、大阪万博」
とあるご縁から万博の無料招待券を持っていた為、このお告げじみた怪現象に押される形で参加を決意。
万博有識者の對馬くんに指導してもらい、事前の登録準備を進めているところだ。
この作業がなかなか骨が折れる。
アカウントを作って、サイトにログイン。
その際にメールでの認証コードをいちいち挟むのに軽いストレスを抱える。
通話をしながらだからよかったものの、1人では早々に諦めていたことだろう。
「それでね、君、イタリア館は行ったほうがいいよ」
「知ってるぞ。レオナルドの設計図やアトラス像があるんだろう」
「それだけじゃないぞ、君、カラヴァッジョのキリストの埋葬がある」
「何だって?」
カラヴァッジョといえば、簡単な画集は持っているが実物は未だ見たことがない。
是非見たいものだ。


「君は西ゲート入場だったね。西ならイタリア館近いからそのまま向かって並ぶのがアリだと思うよ」
「わかった、2人にも伝えておく」
今回は父と弟と3人で大阪万博に行く。当日の行動計画は對馬からもらったアドバイスをもとに動く予定だ。
「あとは事前の抽選だけど、これはまぁ取れないと思っておいたほうがいい」
「つまりは当日の空き枠で頑張るしかないわけだ」
「その通り、そこは頑張るしかない」
【7月中旬】
いよいよ大阪へ向かう。
對馬くんの大いなる導きにより17時から人気のパビリオンを予約できたが、お目当てのイタリア館に関してはやはり一番人気、予約はできなかった為当日の気合いで行くしかない。
とりあえずホテルに一泊し明朝会場へ向かう。
余談だが父が用意したホテルがえげつなかった。初めての大阪だったがもうこれだけで大満足である。



思い返すと関東を出たのは3年前の沖縄旅行以来かもしれない。
◇
万博当日。
狂うほど美味な朝食をとり、万博会場へ向かう準備をする。
この時点で3人は(ホテル快適すぎてチェックアウトしたくねぇな……)と思っている。

タクシーで向かうこと30分弱。会場に到着。時刻は9:22。10:00入場のチケットを持っているのだが、少しのんびりしすぎたかもしれない。
天気は晴れ……いや快晴。雲ひとつない。

写真で見返すと綺麗だが、ここは灼熱地獄である。歩みを進めるたびに汗が吹き出し身が焦げる音がする。会場にはすでに多くの焼死体が転がっていた。
事前に同僚たちから得ていた情報通り、入場待機列では荷物検査ゲートが近い方へ並び、できるだけ早く冷房の効いた室内へ逃げ込めるよう時間短縮を試みた。
結果、10:08には入場完了。案外スムーズにいった。スタッフが早めに列を動かしてくれたのだろう。感謝。
まずは、イタリア館へ……と思ったが、それどころじゃない。早めに入場できたとはいえ、快適なホテルで甘えた身体をずっと炎の中で待機させていたのだ。3人ともドロドロに溶けている。
「と、とりあえずどこか……“涼”へ……」
誰のものでもない灼けた喉から発せられた聲に従い、目についたデカい建物『コモンズ』へと向かった。
『コモンズ』とはいろいろな国の小さな展示が体育館見たいな建物にぎゅっと集まったヤツだ。会場に数箇所ある。
とりあえず涼みながら中をまわって、「あ、なんか万博って感じ」と落ち着きを取り戻す。
その中で「ホンジュラス」という国のブースにマヤ遺跡に関する展示がしてあり、呼び込みの人が「どうですか〜マヤ遺跡の出土品ありますよ〜」と近くの父親に声をかけていた。父親は「あ〜昔遺跡行きましたよ」なんて返してたけど、何者だよ?
ホンジュラスといえばコーヒーのイメージしかなかったが、マヤ遺跡ってのもこの辺なんですね〜と勉強になった。
◇
さて、涼んだので3人でイタリア館へ向かってみる事に。正直もうこの時点でタイムロスが激しいのだが、この暑さの前では誰も先のことなど考える余裕はなかった。
イタリア館に到着。入り口前には思った通り列ができていた。……が、あれ?思ったより待てそうじゃね?
と、列へ向かおうとしたところ弟に止められた。「列はこっちだろ」と弟が指す方──通路を挟んだ向かい側、大屋根リングの下──を振り返ると、ものすごい数の人が並んでいた。
後から聞いた話によると、ちょうどこの日の数日前にイタリア館に新たな展示が増え、猛烈に客を集めているところだったという。意味が分からないくらいに混んでいた。
まるで後半のヴァンパイアサバイバーズだ。
陽炎の立つ熱気に揺らめく夥しい数の生命体に圧倒され、灼熱地獄に生きる無数の亡者たちがこちらを睨め付けている幻覚に襲われる。

「む、無理だ……」
直感的にそう思った。この列は諦めたほうがいい。最後尾が見えないのだ。
それどころか列が形成する巨大な大蛇のうねりは次第にその長さを増しているではないか。
邪神────その言葉が脳裏をよぎる。
キリスト教における邪神サタンは旧約聖書で蛇に化けていたとされる。
イタリア館の前だからか、蛇を思わせるものを前にしてキリスト教における蛇=邪神が連想された。
「美術館に、行けばいいさ」と父が声をかけ、我に帰る。
イタリア館は諦める流れになった。
そうと決まれば早めに切り替えるべきだ。今のうちに行けるところに突撃だ。
当日の空き枠予約を入念にチェックしながら移動する。空きはない。
とりあえず体力を温存したいので各地の『コモンズ』で涼みながら会場を探索する。
そもそも、3人での万博参加のため、一度の予約で3枠空く奇跡を待つしかないわけだ。
しかも、その空いた3枠にだれも予約が入っていない瞬間を突く必要がある。こういう場合1人参加の方々はうまく突破できるのだろうと思う。
やはり当日予約は取れそうにないため、ここからは気合いの待機列入場になりそうだ。
◇

たまたま近くを通ったので、エジプト館へ行った。30分くらい待った。
前面プロジェクションマッピングの部屋に案内され、古代エジプトから現代のエジプトを旅する、そんな展示だった。地を這うソアリンのようなものだ。
そう、それはまるで蛇のように。
邪神────またもやその言葉が脳裏を掠める。
エジプト神話に出てくる邪神は、たしか悪の蛇アポフィスだったはずだ。
「ハムナプトラ的な雰囲気は良かったかな?」弟が感想を述べ、我に帰る。
「スコーピオンキングは出てこなかったけど」と適当に返して再び万博会場を冒険する。
◇

次はシンガポール館だ。20分待ちだったためそのまま並んで入場。
視覚的にも幻想的な空間で、なかなか楽しめた。

最初は不思議の森みたいな場所から始まり、急に聖域みたいな空間が現れる。

どうやら真ん中の装置(パネル?)に“ねがいごと”を描くと次の部屋でその文字が光り輝く演出になっているようだった。
混雑していたためその装置に関しては視界の隅に流してササっと次のエリアへ進んだ。

2個上の写真を見てもらうとわかりやすいが凄く神聖な儀式をしているような空間である。
何か凄まじいものを喚び起こしているようだ。
現実離れしたファンタジー空間だった。満足。
◇
外に出て中央の広場へ向かう。
そして驚くべき光景を目の当たりにする。なんと、視界を埋め尽くさんばかりの濃霧が広場を取り囲んでいるのだ。15分に一度、ここら一帯に濃霧が発生する仕組みになっているらしい。

俺と弟は喜んでその霧の城にダイブする。
するとこの霧……思ったより濃いッ!視界が完全に白に支配され、下手に動くことを躊躇ってしまうくらい不安になる。「マジでマヌーサだなこりゃ」と弟が言う。
“マヌーサ”とはドラクエの呪文で、敵に霧や幻をかける呪文で、幻惑による視界不良を起こし命中率を落とす技だ。確かに言い得て妙である。
先ほどの儀式空間といい、マヌーサ広場といい、大阪万博はとってもファンタジーな場所かもしれない。
邪神────
また、この言葉がよぎった。
神聖な儀式……マヌーサ……ドラクエ……
そうか。
ドラクエ2では邪神官が儀式によって破壊神シドーを呼び出した。シドーもまた尻尾の蛇のイメージが強い。
そしてドラクエ2のシドー戦には「マヌーサ」を使った有名なバグ技がある。
万博の思い出はどうしたって邪神に引っ張られてしまう。一体何が起きているのか。
シドーに関しては破壊の神な訳で、邪神の枠組みの中でも限定的ではあるが……
破壊の……神。
今回の大阪万博旅行のキッカケとは何であったか。
無料招待券だ。引きこもり体質の俺がそれだけで行くだろうか?
────デジタルデトックス。
そうだ、スマホに引き続きテレビが壊れた事でアウトドアの世界に足を伸ばしたんだった。
全ては破壊から生まれた。
ヒンドゥー教でもそうだ。破壊神シヴァが世界を壊し、創造神ブラフマーが宇宙を創造、維持神ヴィシュヌ神がその秩序を維持する。3つの柱がサイクルで循環する。つまり、また一巡して始まりに戻る。
そしてこの記事も冒頭に戻る。
「あれ?肌焼けた?」
この肌こそ破壊の神が導いた結果である。
俺は破壊の神に憑かれたのだ。
パズドラの破壊神シヴァは火属性。
破壊神シドーは炎に囲まれて登場する。
この破壊の炎が我が体内に宿りこの身を焦がしたのだ。
これより俺は、ダイスケなどではない────
我が名は……
破壊神────……………
「おい、しっかりしろ」
弟の声に呼ばれ、気がつくと俺は万博の広場で立ち尽くしていた。(写真と同じポーズ)
「お前、暑さでおかしくなったんじゃねえのか?」
どうやらあの濃霧に包まれた後俺の意識はどこか遠くに飛ばされていたらしい。
変な幻惑を見た気がする。しかもさっきから万国の神話がごちゃ混ぜで登場している、さすが万国博覧会。
「いや、ところでなんの話してたんだっけ?マヌーサだっけ。言い得て妙だな」
“マヌーサ”とはドラクエの呪文で、敵に霧や幻をかける呪文で、幻惑による視界不良を起こし命中率を落とす技である。
◇
その後、900円のフローズンレモネードを飲んで小回復したのち、「命のあかし」近くにある資生堂の展示に入った。

木造の「旧校舎」感あふれる建物と、めちゃくちゃ響く蝉の声、雲ひとつない晴天と緑の強烈なコントラストに、覚えのないノスタルジーに襲われた。フラッと入った割に、いちばん良かった展示かもしれない。

◇
予約したパビリオンまでまだまだ時間はある。あと数時間、何をするべきか。
あれから来乗客も増えたため簡単に入れる建物は少ない。
とりあえず、『コモンズ』で涼みながら計画を立てようと3人で向かったところ
無慈悲な“入場制限中”の立て札とその前の行列が目に映る。
もう、オアシスは失われた。楽園追放だ。失楽園だ。また旧約聖書かい。
全ては蛇に化けたサタンのせいという事だ。
予約した時間まであと3時間くらいある。日は高く上り、熱された地面からも熱波が上がってくる。コモンズで涼むことも叶わない。
この事実を噛み締め、俺たちは冷静な判断を下した。
Doggy-MO’ も歌っていた。
頭 血がのぼり吹く熱風 その時そうそう You gotta get cool…♪
3人は顔を合わせ小さく頷く。
「帰ろう……」
◇
タクシー、新幹線を使い東京へ舞い戻ってきた。新幹線はグリーンを使ったがほとんど爆睡であった。
東京へついてから3人で食事をとり、今日の思い出を語り合った。
色々話したが「ホテルの朝食が最高だった」という話がいちばん盛り上がった。
熱で焼かれた脳にうまく屋外の記憶が収納されていないせいだろう。
そして解散し、俺はひとり墨田区へ帰宅した。
正直言うと悔しい。職場のみんなや友人たちが楽しんだ万博をMAXで味わう事ができなかったのだ。
自分に体力が無いせいである。
そして心残りなのは、やはり「イタリア館」。
帰ってから、やっぱ無理してでも行っときゃ良かったのかもと後悔の念が渦巻く。
こうなったら……
もう一度……
万博に……
行ってきた。

そう。我が家にはVRというものがあるのだ!
KMNZも歌っていた。
手に入れろ 二次元と三次元 繋ぐ定期券♪
クーラーの効いた部屋で、あの時行けなかった「イタリア館」へ!!!
出発だ!!

会場内をさまよう事約5分、イタリア館に到着。なんでヴァーチャル世界でも広大なマップなんだよ。
待ち時間は……もちろん0分!!!!!うおお

入場!

「ミネルヴァのキリスト」
こんなものまであったのか!でかいな~!

そしてファルネーゼのアトラス像!超至近距離で観察できるぞ!

「アトランティコ手稿」も、この距離で!

そして「キリストの埋葬」!でか~~~い!


ありがとう、イタリア館。
ゆっくりとVRゴーグルを外す。
視界に映るは、代り映えしない自分の部屋。
カーテンは閉め切っている。
ま、
平行に暮らした仮想と現実 世界でずっと遊んだ連日♪
って感じで万博は楽しめました。
みんなも行ってみてネ!
ベッドに潜り、おれは焼けた頬を少し濡らした。
