※今回の記事は実際に自分の身に起きた事件を元に書きましたが、若干ミステリ小説っぽく脚色してお送りしております。登場人物の性格や会話劇等は読み進めやすいようアレンジしております故、実在する人物とは若干異なりますのでご了承ください。
(実際に使われたトリック、犯人などオチに関するものはそのままでお届けしています)
◇事件編◇
酷く冷え込む夜、職場にて。こんな寒い夜は何か嫌なことが起こる…なんてのは本の読みすぎか。
小腹がすいた為、休憩がてら飲食エリアで夕食にする。
この時間には流石に飲食エリアにいる社員は多く見受けられない。見たところ3〜4人が休憩してるってとこか。日中と比べて静かで過ごしやすいため、あまりガヤガヤしたところで食事をとりたくない自分としては好都合である。
日中帯の飲食エリアは目を閉じていればほとんど動物園と変わらない騒音量なのに対し、今は通夜のように静まり返っている。時間帯でこんなにも変わるものなのか。この部屋で聴こえる音と言えば、誰が見てるでもないくだらないTV番組の音が小さく耳に入るくらいだ。
さて、節約中の身としては自宅にいない時でも──いや外出中だからこそ、あまり食費はかけたくない。今夜は一番安くて量のあるカップ蕎麦で済ませよう。
職場の飲食エリアはそこそこ広く、誰でも使える冷蔵庫に電子レンジと給湯ポットが3台ずつ、そしてトースターが2台も設置してある。お昼時は多くの社員が利用する為このくらいは必要なのだろう。この時間帯は混雑していない為、今はどれでも使いたい放題だ。ちなみにそれらの乗ってるカウンターのすぐ下はゴミ箱スペースになっている。
3台ある給湯ポットに近づき、見比べてみる。頭の部分には「ロック解除」や「給湯」などのいくつかのボタンと中のお湯の設定温度が表示されたメーターがある、いわゆる一般的な型だ。
俺は毎回このメーターを見比べているが、今回は“当たり”だ。
設置された3つのポットは、左から「98℃」「90℃」「98℃」と表示されている。
しかし一番右側のポットに関しては「湯沸かし中」の札が下がっており、まだ使えそうにない。
ただ、俺の目当てはこの低めに設定された真ん中の「90℃」のポットであるため問題ない。
大抵全て「98℃」に設定されているのだが、熱いものが苦手な、いわゆる猫舌である俺にとって90℃はありがたい温度だ。同じように90℃のお湯を使う社員が他にいるのだろう。今日はそのまま90℃に設定されたポットからお湯を使わせて頂く。
お湯を出す前に一応蓋を開け、残量を確認する。うん、半分よりちょっと少ないが1人分の使用量なら問題なさそうだ。現在一番右側のポットが使用不可であることも考慮して、今お湯を足すのはやめておこう。真ん中のポットまで塞いで沸騰させる必要もないだろうし。
俺は「ロック解除」のボタンを押し、カップに湯を注いだ。ポイントは線まで入れずに濃いめに作る事だ。そして食べる直前にペットボトルの水を後追いで注ぐ。そうすればいい感じに冷やされて猫舌でも安心な温度のカップ麺が出来上がる。
俺はカップの内側の線に達する手前で給湯をやめ、再度「ロック解除」のボタンを押して自分の席に戻った。
出来上がりを待つ数分間、何人かの社員が飲食エリアをうろついていた。
彼らはポットの前を通ったり近くのゴミ箱や、電子レンジを利用していたがお湯を使っている人はいないようだった。それなら真ん中のポットのお湯を足しても良かったかもしれないな、などと考える。
そして数分後、出来上がった麺に水を足してちょうど良い温度にした蕎麦を啜っていると、後輩社員が休憩をしに遠くの席にやってくるのが見えた。
後輩も片手にカップスープを持っており、なるほどこの時間に小腹を満たす休憩なんて俺と同じだな、このまま同じように真ん中のお湯を使って水を足して食べたら本当に同じ考えだななんて思いながら麺を啜っていると、ポットの近くで休憩していた先輩社員がその後輩に声をかけた。
「あなた、お湯使う?一番左しか使えないっぽいわよ〜」
ほ?
俺は麺を持ち上げる手を止めた。
いちばん左しかポットが使えない?それはおかしい。
だって俺が使った時は3つのうちの1つ、いちばん“右側のポットのみ”が使用不可だったはずだ。
そして俺が使用した後は誰もお湯を使っていなかった。もちろん俺がお湯を使い切ったわけでもない。
──誰が真ん中のポットを空にした?
と考える前にとある重大な事に気づく。
この時間、飲食スペースにいる社員は少ない。そしてお湯を使った食事をしているのはこの場で俺だけ。つまり、他の人から見たらポットのお湯を使い切った犯人こそ、今まさに蕎麦を啜っている俺だという風に結論づけられる。ちょ、ちょっと待ってくれ。
先輩の声が聞こえてくる。
「や〜ね、中途半端な状態で…」
とても気まずい。えらく居心地が悪い。
俺は会話をしている2人の社員の方を見ないよう急いで残りの蕎麦を啜った。
2人がポットのカウンターから離れたタイミングで遠目からちらと真ん中のポットを見ると、いつのまにか「湯沸かし中」の札が下がっていた。
……もちろん俺は犯人ではない。
たしかにお湯の量は半分以下だったし、足してもいい量ではあったが、ひとり分のカップ麺に使ったところで大差ない量だった。ましてや、俺の場合は水を後入れする関係上、ひとり分の使用量を下回っている。とても俺がお湯を使い切ったという結論にはならない。
容疑者は先輩社員A、後輩社員B、休憩している社員C,D、そのエリアを管理している内勤社員E。
この広い飲食エリアで俺は、少し離れていたとはいえポットの方を向きながら過ごしていた。確かに数人がポットの近くを通ったが不審な動きをした人物はいない。
ミステリ用語をあえて使うなら、そう──“視線の密室”というやつだ。
登場人物の配置図はご覧の通り。Eに関しては飲食エリアの下に続く内勤スペースにいたが、一度ゴミ箱を整理しにカウンターまで来ている。
一体誰が、どのようにしてポットのお湯を使い切ったのか?
◇
「と、いうわけなんだ指原くん。君の意見を聞かせてくれないかな」
あれから数日後、前回の『7月第1日曜日事件』を一緒に解決した友人、指原さんの意見を聞こうと暇電のついでに事の顛末を話してみる。
「え?あー」
指原は運転中のようで、生返事のようなものを返した。ちゃんと聞いてるのか不安になる。
「だから、ポットのお湯を使い切った犯人は誰かって話だ」
「あれじゃない?お湯の残りを示すとこが壊れてたんじゃない」
「お湯の残りを示すとこ?」
「ほら、電気ポットの外側に給水ラインみたいなのが見えるでしょ。アレ」
「でも俺はポットの蓋を開けて湯の残量を直接確認したから関係ない」
「ちなみに」と俺は職場のポットの写真を送ってやった。
指原はまた「あー」と気の抜けた返答をした後、考えを放棄するように
「で、自分の推理はどうなの?」
とこちらにパスをしてきた。
全然乗り気じゃないな、と通話口の向こうの口調から察する。
……まぁ俺自身ある程度犯人の目星はつけられている。あれから数日経っているんだ、考える時間はあった。
もう少し2人の議論タイムがあってもいいと思ったが、俺はひとりで考えて導き出した“ある可能性の話”を披露する事にした。
◇推理編◇
「俺の考えだと、犯人は内勤社員Eだね」
俺はトリックを明かすより先に犯人を指摘した。ある程度容疑者が絞られているなら、一番可能性のある人を犯人と見立てて逆算的に考えていけば真実へ辿り着ける。
「それはどうして?」
「まず、犯行が不可能な人物から消去法で考えていく。当時飲食エリアにいた社員は俺を除いて5人。先輩社員A、後輩社員B、休憩している社員C,D、そのエリアを管理している内勤社員Eだ」
「うん」
「その内、ポットのあるカウンターまで一切近付かなかったのは休憩していた社員C,Dだけだ。彼らはそれぞれ仮眠していたりスマホを充電して使っていたりしたので除外していい」
「じゃあ容疑者はA,B,Eの3人?」
「いや、この中でもうひとり容疑者から外せそうな人がいるんだけど」
「後輩社員のB?」
「そう。先輩社員Aが『真ん中のポットが使えないっぽい』と声を掛けたのはBが飲食エリアに来てからカップスープを持ってポットに近づいた頃だ。その時は既に真ん中のポットは使用不可になっていた。Bは使用不可になる前のポットに触れてすらいない」
「じゃあ残るは先輩社員のAと、内勤社員のEだね。Aはポットの置いてあるカウンターの近くで休憩してたって言ってたけど、Eは?」
「Eは俺がお湯を使ってから、ゴミ箱の整理をしに来ていた。お湯を使ってはいないがカウンターの前で何かいじっていた」
「どうしてお湯を使っていないってわかるの?蕎麦食べながらそんな凝視してた?笑」
たしかに自分のいた場所からだとしっかり見ない限りポットの前で何をしていたかを観察することはできない。ましてやポット使用時は俺に背を向けている形になるので手元すら見えない。
しかし、“お湯を使っていない”という事だけはわかる。なぜなら──
「Eが自分のデスクに戻る時、手に何も持っていなかったからだ」
そう。Eがカウンターで何をしていたかまでは注目して見ていなかったものの、デスクへ戻る時は必然的に俺の前を通りすぎる事になる。そしてEは完全な手ブラ状態だった。容器もないのにお湯を使えたとは思えない。
「じゃあ、あの時Eは何をしていたの?」
「おそらく、ゴミ箱の整理とポットのお湯の残量を確認していたんじゃないかな」
「ん?さっきお湯を使い切った犯人はEって言ってたじゃん」
「そう、Eのこの行動が真ん中のポットを使用不可にさせたんだ」
俺は脳内で自分の推理をまとめあげる。
「お湯の残量を確認する時、大体の人は上の蓋を開ける。そうすると何が起きるか。内部の湯気が一気に外に放出されるよね」
「うん」
「それによって、もともと低めの90℃に設定してあったポット内の温度が一気に下がったんだ。俺がお湯を使った後だから量も少なかっただろうしね。内部の温度が下がると、給湯ポットは自動的に再加熱モードに入る」
「じゃあ、実際犯人はお湯を使い切ったわけではなく、ポットを再加熱の状態にして使用不可にしたという事?」
「その通り。実際、俺が食べ終わったカップ麺をゴミ箱に捨てる時に真ん中のポットを確認したら少ないお湯がまだ残っていたからね」
「ふーん…?」
馬鹿馬鹿しいオチに少し笑いながら幕を下ろすように俺は締めくくる。
「というわけで、飲食エリアの備品も管理している内勤社員Eが犯人だったのさ」
「いや、おかしいよ」
指原のひと言が一瞬の静寂を生む。
「Eは犯人じゃない」
◇
空気がピリッとした。
「Eは犯人じゃない?なぜ?」
「Eがポットの蓋を開けて中身を確認し、その時湯気が放出されて温度が低下し再加熱モードに入った事で使用不可……それは考えられないんじゃないかな、だって」
一拍おいて、
「Eはなんでお湯を足さなかった?」
たしかに残量を確認したのならお湯を足す。当然の事だ。しかしこれには答えられる。
「もちろん、理由はあるよ。それは“右側のポットが使用不可だったから”だ。3つある内2つが使用不可になっていたら困るからね。社員のことを考えて“少ないが使用可能なポット”を残しておいたんだ」
しかし指原は返してきた。
「いや逆だよ。内勤社員Eは飲食エリアの備品の管理も行なっている。それなら残り少ないお湯を確認したのならすぐに補給するはず。2つが使用不可になるから放っておいた?逆だね。“まだ1つ使えるなら今こそ補給するべき”と考えるはずだよ。だって──」
ここで一呼吸おき、
「その時は日中と違い利用者が少ない夜時間だったからね」
「ぐっ…」
説得力のある論理展開に俺は何も言い返せなかった……が、これだと辻褄が合わない。
「でも、俺が最後にポットを確認した時“お湯は少ないまま”だったんだぞ」
そう、Eが中身を確認しお湯を足したのならそこの説明がつかない。それに──
「Eがお湯を足している場面を俺は見ていない!流石に給水作業は背中越しでも目に入ればわかるはずだ」
「そう──」
指原は落ち着いた声で言った。
「そもそもEはポットの蓋を開けてすらいない」
◇
「つまり……俺の推理が間違っていると?」
「……」
返事はない。その代わり指原は話を先に進めた。
「Eが犯人でないとすると、消去法的に残る容疑者のAが真犯人という事になるけれど……そっちも消去法で2人に絞った上でEを犯人だと指摘したという事は、Aが犯人ではないと思える要素を持っているって事だよね?」
「そう。Aはポットの一番近くに座っていたがずっとポットに背を向けていた。電子レンジを使用していたがポットからは一番遠い位置だった」
「じゃあ後輩Bに対して『ポットが使えない』と伝えたのは電子レンジを使っている時に気づいたから、ということね」
「あぁ、俺はそう思った」
「私もそう思う」
「はぁ?」
ちょっと待ってくれ。これじゃあ全員が容疑者から外れた事になるじゃないか。
「指原さん?俺の推理を否定したばっかりに容疑者がいなくなっちまいましたよ?」
「こんな時は1から戻って考える必要があるようね」
「というと?」
「私はその場にいなかったし、頭の中で情報を整理しきれていない。共有した情報の粗さを整えるためにも前提から見直す必要が出てくるのでは、と思いまして」
「前提?」
「例えば、あなたが食べたカップ蕎麦──いちばん安くて量のある蕎麦──だったかな?それについて詳しく聞きたかったり?」
……こいつ
俺は冷静に答えてやった。
「なんでもない、普通のわかめそばだよ。職場内の売店で売ってるんだ」
少し間をおいて
「それって、『日清デカうま わかめそば』の事かにゃ?」
ギクぅ!
「な、なぜ…」
「いや、『わかめそば カップ麺』で検索したらこれしか出んし」
「運転中じゃないの!?」
「今スタバ」
「くっ…」
「で、商品ページを見てみると必要なお湯の量は470mlってあるね。それに対して一般的なカップ麺の目安は……350〜370mlだってさ。これならいくら少なめに注いだからと言ってアンタの『ひとり分を下回るお湯の使用量』だという主張は通らなくなるね」
「た、たしかにそうかもしれないが……。でも実際、お湯は確かに残っていて使い切ったわけではない」
「そうね」と冷静に指原は話を進める。
「その反応からしてわかめ蕎麦の件は正解みたいだけど、あとひとつ。給湯時の事なんだけど、一個引っかかってんだよな」
俺は「ロック解除」のボタンを押し、カップに湯を注いだ。ポイントは線まで入れずに濃いめに作る事だ。そして食べる直前にペットボトルの水を後追いで注ぐ。そうすればいい感じに冷やされて猫舌でも安心な温度のカップ麺が出来上がる。俺はカップの内側の線に達する手前で給湯をやめ、再度「ロック解除」のボタンを押して自分の席に戻った。
「いいだろ別に水を入れるくらい」
「そこじゃない、給湯後のところ。これ、給湯終わった後また「ロック解除」押す必要なくない?」
「まぁそうなんだけど、癖でたまにやっちゃうんだよな」
一回「ロック解除を押してから給湯してる」という意識があって、給湯後にまた「ロックしなおす」っていう思考に無意識になってしまう。この感覚、わかる人いるんじゃない?
実際押さなくても平気だし自動でまたロックがかかるんだけど。
「まぁでもお湯の入ったカップ持ってて危ないし、やめたほうがいいかもね」
「ん?」
この瞬間、俺は言葉の意味がわかった。
「さて、最後にもうひとつこの話の前提を疑うとするならどこだと思う?」
「……」
「犯人、わかったみたいね」
「まぁ、ここまで言われれば流石に次の展開は予想できる」
そう、この事件の犯人は──────
◇解決編◇
「犯人はダイスケさん、アンタだね」
私はフラペチーノを飲みながらカッコつけて言ってやった。
容疑者が消え、振り出しに戻った話をひっくり返すには話の前提を疑う必要がある。
この話で最後にひっくり返すのは自然と容疑者から外れていた“信頼できる語り手”。
だからこの人はトリックを明かすより先に犯人をEだと指摘した。
事件の内容を語る段階でも「もちろん俺は犯人ではない」とすり込ませていたし、誰よりも早く安全圏に逃げ込んだ。
「俺が犯人、ねぇ……それならもう少し付き合ってもらおうかな」
もうすっかり犯人役の反論を暇つぶしに聞くことにする。
「俺が犯人だとして、真ん中のポットをどうやって“使用不可”の状態にしたのか聞いてねえよなぁ」
たしかに、この犯人は実際にお湯を使い切ったわけでもない。しかし、先ほどの問答で“ある可能性”が浮かび上がった。
「犯人は実際にポットを使用不可にしたわけではなく、“使用不可だと思わせる状態”にした」
「使用不可だと……思わせる?」
「そう、再沸騰機能を使ってね。ボタンがあるでしょ」
送られてきた職場のポットの写真を見てピンと来た。「ロック解除」のボタンのすぐ下に「再沸騰」のボタンがある。これを使えば容器の中のお湯を加熱させることができる。しかし──
「俺はそんなボタン押した覚えはないぞ!」
「こればっかりはそうね。アンタはこのボタンを意図的に押したわけじゃない。『ロック解除』と間違えて押したのよ!」
「ぐっ……!」
「給湯が終わった後はお湯の入ったカップ麺を持っており視線もそっちに行きがち。すぐ近くのボタンを押し間違えたとして何も不思議じゃないわ」
「いや、しかし……いや、待てよ!まだだ、まだ謎が残っている!」
もう後が無いかのように振る舞う犯人から最後の反論が飛び出す。
「『湯沸かし中』の札が付いていたじゃないか!あれをつけたのは湯を使い切った…いや、ポットを使用不可にした犯人なんじゃないのかァ?あれはいつ、誰がつけたんだよ!」
「確かに、いつのまにか札がついていたと言ってたね。アンタがポットを“意図的に使用不可にさせていない”のなら札をつけるのはおかしい」
「だろ、だったら……」
「札をつけたのは犯人ではなく、近くにいたAだよ」
「な、なぜ……」
「もちろん、『湯沸かし中』だと勘違いしたからでしょうね。その証拠もある。Aはポットの近くにいた、電子レンジを使用するため度々カウンターに近づいた。これで充分。犯人が誤って『再沸騰』ボタンを押した後、ポットは90℃の状態から加熱を始める。一番近くで休憩していたAはその音を聞いていた。『夜時間は静かで過ごしやすい』って自分で言ってたっしょ」
「しかも元々MAXで入っていなかったお湯を犯人が使ったあとだったから残量も減って余計に音が響いたんじゃない?おっと、『少なめに入れた』の主張はナシで。わかめそばの必要なお湯の量は通常より100ml以上も多いのはさっき証明してる」
犯人は黙って聞いているようだった。
そのまま続ける。
「Aは電子レンジを使用する時にその音の方を見て、1台だけ『90℃』と表示され大きく加熱音を響かせるポットを確認し『使えなさそう』と思い、ちょうどその場にやってきた後輩Bに使用不可であることを伝えた。そしてこの時札はつけられた」
「この時、だと…?」
「Aはこの時『や〜ね、中途半端な状態で…』と言ってたんだっけ。これは“加熱中でありながら札が付いていない中途半端なポットの状態”に対して言われたんじゃないかな。ポットを最後に使った犯人はその声を聞いた時、気まずさから2人の方を見ないようにし残りの蕎麦を食べていた。そして“視線の密室”が解かれたこの状況で、札がつけられた」
「ぐ……」
「これが、事件の真実」
◇
「…お見事」
俺は通話口の向こうの女探偵に称賛の言葉を送った。
誰がポットを使用不可にしたのか……犯人は俺だ。給湯後に真ん中のポットの「再沸騰」を押してしまい、真ん中のポットは加熱モードになった。
真ん中のポットのお湯の残量が少なかった事、夜時間で飲食エリアが静かだった事によって加熱音が響き、すぐ近くで休憩していた先輩社員Aが真ん中のポットが「90℃に下がったお湯を湯沸かし中」であると勘違いした。
そしてAは札がかかっていない事に対して「中途半端」だと言い、俺が見ていないときに札をかけた。
それだけのことである。
「あの後、俺はお湯の中身を確認し全て気づいた。湯沸かし中の札が付いているのに中身が少ない謎のポット。そして最後に使ったのは他でもない俺。おそらく何かしらの手違いで俺がポットを使えない状態にしちまったってことくらいはその場でわかったよ」
「…………ズココッ」
女探偵は黙ってフラペチーノを飲んでいる。
「そこからどうにかしてあの場にいた誰かに───内勤社員のEになったが───罪をなすりつけようと別のトリックを用意したんだが、失敗に終わったみたいだ」
「ズコッ……これから、どうすんの」
フラペチーノを飲み終わったらしい女探偵は興味なさげに聞いてきた。
「罪を償うよ。電話からでも聞こえるかい?この亡者どもの声が」
俺は今、地獄に来ている。
あの日から3日後。わかめそばを食べようと職場のポットでお湯を注いでいたところ、いつもの癖で給湯後に「ロック解除」を押そうとして間違えて「給湯」ボタンを押してしまった。設定されていた温度は「98℃」だった。
そしてカップの内側の線を著しくオーバーしたアツアツのわかめそばを食べ、俺は猫舌で死んだ。
「最後に罪を告白しようと、地獄の入り口から君に電話をかけていたんだ」
「……」
女探偵は答えない。
「最後に、俺の考えたトリックを見破ってもらえて助かったぜ。これで俺もしっかりと自分の犯した罪と向き合うことができる」
「……」
いつのまにか、電話は切れていた。
それもそのはず、目の前には紅く壁のようにゴツゴツした肌に奇妙な色を放つ法衣を纏い、
ギョロリとした目をこちらに向け巨大な玉座にどっかりと鎮座した閻魔大王がいた。
どうやら今が断罪の時のようだ。
「さて、地獄に送られた意味はわかるな?小さき者よ。己の罪を打ち明けよ」
身も凍るようなおぞましい声色でそう告げられ、俺は震えながら先ほど女探偵に解明させられた事件の経緯を白状した。
──しかし。
「違う…お前の罪はそんなちゃちな事ではない……己が罪を理解していないとは何事か」
玉座の間が震え、巨大な閻魔大王の奥から業火が噴き出す。真紅の肌から太いトゲのような黒い角が浮かび上がる。なにか、まずい気がする。地響きと共に閻魔大王の姿が大きくなっていく。巨大な玉座は今にも崩壊しそうだ。
「お前の……お前の罪は……」
法衣すら破り捨て筋骨を隆起させた巨大な怪物は天井をもつき破り、紫色の瘴気漂う地獄の谷に咆哮する。巨大な牙を不気味に輝かせ、赫く光る眼をこちらに向け俺にその罪を告げた。
「話盛りすぎ」
「ごめんなさい……」
「罰として、この記事の冒頭に大幅な脚色が施されている旨の注意書きを載せるのだ」
「はい……」
◇
こうして俺は地獄の最下層に流された。
実際に起きた「夜中のポット誤再沸騰事件」によって密かに迷惑をかけた社員と、記事作成にあたり完全な別キャラにしてしまった指原さんに対する罪の意識を胸に抱き、俺は地の底で罪人や小鬼共と刑務作業を進めている。
外の世界では年が明けて2025年になったようだが、そんなことがどうでもよくなるくらい苦しい刑期が待っている。俺が釈放されるのは当分先になりそうだ。すべては俺の妄想───いや、”暴想”が招いた結果だ。
よくよく考えてみれば去年の1月も我が暴想が炸裂した記事ではなかったか。そう、去年から俺はどこかおかしくなっていたのだ。「記事を毎月投稿する」などと言ってしまうからこんなことになるのだ。
しかしこれは不幸中の幸いか、地獄にいるうちは記事の投稿ができない。やっと休めるのではないか。しかし地獄の亡者どもがそれを許すはずがない。罪人に責め苦を与える為ならどのような掟も捻じ曲げる厄介な連中である。
俺は今年も何らかの方法で記事を書き続けることになるのだろう……。
どこの誰が読んでいるのか知らないが、この記事がせめて外の世界にも届いていることを願う……
推理小説イッキ読みしたかと思うくらいにおもしろい。
私もそんなミステリーが起こる職場で働いてみたいな〜ナンテネ
来月も期待!