12月24日。世の中はクリスマス・イブで活気に満ち溢れていた。しかしその日は生憎の雨模様で、最近でも特に気温の低い一日となった。
俺はそんな寒い日にもちろん外出の予定など無く、部屋で読書でもしようかと思っていた。
朝起きて、ゆっくり動くと左足に激痛が走る。
何事かと足に視線を落とすも外傷は認められない。────骨か? 瞬時にそう思った。
数歩、その場で歩いてみる。痛い。焦る。
骨を、やってしまったかもしれない。しかし原因は思い当たらない。日頃から激しい運動はしないし、そもそも外出も多くない方である。
……いや、今月は外出多かった方か。
職場内レクの食事会、クリスマスマーケット、あとはカラオケに行ったりした。
だがそれだけである。たった3つ程度の行事で「多かった方か」など考えてしまうほどには自分の生活スタイルが外向きでない事は……今更咎めることではないかと心の中で苦笑する。
足が痛い原因……。
どこかにぶつけたか。しかし傷などは無い。
では、足を酷使させすぎた───歩きすぎか。
それこそありえない。貧弱すぎる。いや、貧弱すぎたのか。
原因がわからないまま、痛みだけが体内を駆け回る。今月行った職場内レクはお食事会だし、クリスマスマーケットも家の近所だった。カラオケはカラオケである。
いや、まて。
カラオケかもしれない。自分の脳に電流が走るのを感じた。
俺はカラオケでそこまではしゃぐタイプではないのだが、その日一緒に行ったメンバーの中に1人“踊る”タイプの人間がいた。
彼はAKB48の楽曲「ヘビーローテーション」を披露したのだが、その際
『これマイクスタンドないと踊りにならないんだよね』
とこぼした。
それに対して俺は
『あ、じゃあ俺やりますよ』
と自らマイクスタンド役を買って出たのだった。
“マイクスタンド”を“やる”という、文脈として成立するか分からないギリギリのラインでの会話を交わし、結局1曲フルでマイクを天に突き出し革靴で膝立ちのまま連携プレーを行った。
「なぜ」という質問は受け付けない。その場の空気のノリというものだとしかお答えできかねる。
忘年会シーズンだからといって裸踊りなどのもっと卑俗な行為に走らなかっただけ、分別を弁えた振る舞いができたと誇りに思っている。
さて、原因っぽい事象が“マイクスタンド”だった場合、医者になんて言うべきか。
実際には他の原因があるのかもしれない。しかし、ここまで外の世界で足を使わない生活をしている男が“マイクスタンド”となった直後に足を痛めている。他の可能性が浮上する気配は毛ほどもなかった。
とりあえず近くの病院に予約をし12月24日、雨の中左足を引き摺りながら駅へ向かうことに。
最寄り駅ではクリスマスのイルミネーションが華やかに飾り付けられ、雨の中だと言うのに現場はカップルで溢れかえっていた。
雨だからそんなに人はいないだろうと予測してジャージにサンダル、そしてパジャマを隠す為のダウンジャケットを着込んだそのままの格好で出て来てしまって少し後悔する。浮いているのだ。
彩色を放つ電飾の景色を背景に、若者たちが傘さえも写真の出来映えを活かすツールとしてスマートフォンを構えている。
そんな中、溢れかえるティーンたちと反対方向にみすぼらしい格好の男が片足を引き摺りながら駅へ向かう。
俺の目はイルミネーションの光をも吸収する濁った藍色をしているのではないか。
周りとあまりに対称的なかけ離れた存在が、ただひたすらに目的地へと向かい逆走していく様はどこかの映画のワンシーンのようだった。道を開けろ。俺は今から医者に“マイクスタンドの結果足を痛めた”と伝えに行くのだ。
覚悟を決めた瞳の色は苛立ちから生じた赤か、それとも反射した電飾の光か。
病院へ到着し、待合室で待つこと10分弱。事前に予約しておいたためスムーズだった。
最近ではスマホ予約の際に「痛み・症状」を具体的に記入して、先に医者に提出ができるのだ。
【きっかけとなる事はありますか】という欄に関しては、「いいえ」と答えておいた。決して臆病になったからなどではなく、欄に“マイクスタンド”と記入して説明を求められる方が愚かだと思ったからである。
医者に診察してもらい、流れでレントゲンを撮ってもらうことになった。外傷がないからそうなるだろうと思っていた。
結果、原因は“マイクスタンド”ではなかったようだ。医者が言うには「歩き方の問題」らしい。左足の歩き方の癖として、外側から着地している節があるとの事だった。その場で靴の裏側の削れ具合を指摘され、正しい分析であると感じる。たしかに外側が大きくすり減っていたのだ。シャーロックホームズと同じ分析方法だ。その歩き方の結果、左足の片側に負荷がかかって痛めてしまったという診察結果であった。
“ヘビロテのマイクスタンド”を伝えなくて良かったと心底思った。
その後はリハビリ医にテーピングの仕方を教えてもらい、「また一週間後見せてください」とだけ言われ終了した。
帰りに薬局へ向かい、テーピングとサポーターを購入した。最高のクリスマスプレゼントである。
家に帰ってからサポーターのサイズを間違えて購入していたことに気づき、雨の中また若者の波を押し退け薬局へ向かった。不快な往復だったが、日が暮れたことにより輝きが増したイルミネーションを見て落ち着きを取り戻す。

家で安静にしながら忘れぬうちに一週間後の病院の予約をする。12月24日の一週間後は12月31日。大晦日ではないか。今年の年末イベントはどちらも診察で終わるらしい。どうせ家にいてもやることは多くない。無理やり外出する用事が出来て良かった、と喜んでおいた。
12月31日。7日ぶりに足を見せに行く。ちなみに痛みは引いたものの、まだ完治とは程遠い状態であった。と言っても履く靴・歩く道路によって痛みに差がありすぎる。それでもピーク時と比べればだいぶ良くはなったと、医者にそう告げる。
医者は次のステップとして、専用のサポーターを渡してくれると言った。詳しくはリハビリ医から聞いてくれとの事で、診察は終了した。少し時間があいてからリハビリ医から呼び出され、サポーターの使い方と手入れについて教わる。
専用のが貰えるのであればクリスマス・イブに2回も往復して買う必要はなかった、と軽く後悔するが過ぎてしまったことを考えてもしょうがない。ありがたく使わせてもらう。
「次は2週間後に」との事だったのでまた予約をする。これはいつまで続くのだろうか、とふと考える。
今までの歩き方が原因であれば、それと同じ時間をかけた矯正が必要なのではないか。
もしそれが生まれつきの歩き方の癖であれば、もう体がそれに合わせた形状変化をしているのかもしれない。そしていよいよガタが来て痛みとなり俺を今回襲ったのだとすれば、治療のためにまた20数年間リハビリを続ける羽目になるのではないか───────そんな不安が一瞬脳裏を掠める。
まぁ、大丈夫だろう。そう結論付ける。自分は普段から歩かないように努力している稀有な存在なのだ。
何を隠そう、おれは我が職場内での健康推進を目標とした、万歩計を使ったスコア対決イベントで全社員中最下位を取った実績があるのだ。変な歩き方をしてたとしてもその歩数は大したものではないだろう。
サポーターを貰った今、逆に正しく歩く習慣をつけてしまえば俺の偏った足の形状を上書きするなど、容易いことに思う。
ならば、新年の目標は“動”にこそある。
今年は“静”を徹底し、読書やアートに励んだが来年はそうもいかない。

サポーターとテーピングというサンタさんからの贈り物を通して、新年の目標に繋げられたのであればこれ以上ないプレゼントだ。
無駄に薬局を往復したことも、来年の“動”へのカラダ作りの一環という訳か。俺はこの世に無駄なことなどない、全ては次のステージへ進むための伏線であったのだと気付き快哉を叫ぶ。
燃え上がる新年への期待、変化の訪れを前に2025年最後の日を静かに過ごす。1月からの俺はもう違う。
新年会のカラオケでは覚悟しておけ。スタンドマイクを2人分はこなしてやるからな。
大晦日の夜、そう月に向かって吼えた。
