最近、味覚がおかしい。
正確に言うと、味覚が“変”というより、“味の存在感が薄い”。
もっと言うとラーメンだけ味がしない。
ラーメンをすすっても湯気の塊を咀嚼してるようで、究極の虚無食としか感じられないのだ。
一緒に頼んだ餃子はおいしい。どうしてしまったのだ。
疲れているのか、あるいは進化の途中か。
人間が最終的に「味覚など単に電気信号だろう」と気づくフェーズに移行しているのかもしれない。それか鼻づまり。
友人に「ラーメン大好きツシマくん」という男がいる。本名である。
海老みそ系、家系、煮干し系、パイタン系など、いろいろホザいてくるのだが記憶に残るのはいつも「系」の漢字1字のみ。彼は系を愛す男なのだ。
そして暇さえあればおれをラーメンに誘ってくる。
しかし……正直どこへ行っても味がしない。
俺の味覚がおかしいのか、「ラーメン大好きツシマくん」の好みがおかしいのか判断が付かない。たぶん両方おかしい。
◇
そこで、「ラーメン大好きツシマくん」だけでなく、別の友人の指原さんの2人が「めちゃうまい」とおススメするラーメン屋で試してみることにした。
2方向から評価されているお店であれば、おかしいのがおれなのか「ラーメン大好きツシマくん」なのかがハッキリするはずだ。
おれは変に冒険せず、店がおススメしてる普通のラーメンを注文した。
数分後、ラーメンが出てきた。
よし、今回は行けそうだ。そんな謎の自信により箸を持つ右手に力が入る。
「いただきます」
緊張のひとくち目─────────────
────────────ん?
おれは口に運ぶ途中で箸を止めた。
視界の奥、スープの中の何かが俺の動作を停止させた。
あまり直接的な表現は控えて、ぼかして言おう。
陰毛が入っていた。
いや、もちろん店長のとこまでもっていって確認した訳ではない。
しかし髪の毛にしては短く、なにより “ちぢれ麺” だった。
早速「ラーメン大好きツシマくん」に報告すると「麺を湯がく位置がいつもより下だったんだろう」
指原さんは「私も虫入ってたことあるよ!」と謎のフォローを入れてくる始末。
俺がおかしいのか、「ラーメン大好きツシマくん」がおかしいのか、店がおかしいのか。事件は迷宮入りした。
あと味はしなかった。
◇
「味がしなくておいしくはなかった」と正直に言うと
「ふざけるんじゃない」「この国から出ていけ」など罵詈雑言の嵐。台風の秋だ。
今年の秋は「味覚・陰毛・罵詈雑言」で決まり。これが“味のない人生”というやつだ。
しかし虫陰毛ラーメンとはいえ、味がしないのは流石におかしい。おれの味覚を司る神経細胞がマヒしてるのは本当かもしれない。
あと1vs2の構図はやはりちょっと凹む。なにか改善案を、と調べてみた所『亜鉛不足』というワードがひっかかった。
亜鉛か……試してみるか。
それからおれは亜鉛を毎日サプリでとり続けた。亜鉛の秋になりかけている。おれはひとりでラーメン屋に行きはしない為、特に味覚の変化は感じられない。
代わりに爪はちょっと固くなった。味覚レベルが1のまま物理防御力ばかりが上がっていく。


◇
亜鉛を摂取し続け、2週間がたった。「ラーメン大好きツシマくん」から“超うまい塩パイタンつけ麺”に誘われた。
準備は万端だ。爪のモース硬度は9を超えた。サファイアと同じである。
「ラーメン大好きツシマくん」と集合し店に入る。注文し、でてくる。スープを見る。何も浮いていない。
とりあえず“珍味で出汁を取る世界に迷い込んでいただけ説”は否定できた。場は整った。いざ実食。
────────────うまい……!
彼が今まで勧めてくれた店の中で飛びぬけて美味かった。というより唯一味がした。
感動した。長い、長い旅だった。
急にスープの塩味が増した気がする。
「大将、ちょっとばかししょっぱくねぇかい」と俺は聞いてみる。
「お客さん────────────泣いてるんですかい」
となりので席では「ラーメン大好きツシマくん」が「へへッ、こりゃとんだ味変スパイスだ」と鼻の下を指でこすっていた。誇張の秋です。
季節は秋。もうじき冬へ向かっていく。まだ過ごしやすい気候のうちにできることはやっておこう。
「○○の秋」とは、暑くも寒くもないから皆で頑張ろうぜというノリの産物。味覚を取り戻したおれにもはや怖いものは無い。
食べるし、読むし、描くし、寝る。健康的な生活を今から始めて冬に備えるのだ。
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(10月31日 追記)
昨日の10月30日に、ドラクエが発売しました。
発売日の朝からダッシュで買いに行き、すでにプレイ時間は12時間を超えております。
現実で味覚を取り戻す旅をしていましたが、今は平和を取り戻す旅をしています。
普通に前言撤回で、「ドラクエの秋」として会社しばらく休んで引きこもり生活を始めます。
「ラーメン大好きツシマくん」はしばらくラーメン誘わないでください。王様に呼ばれてるんで。

