美味しい紅茶を飲み比べよう!

※【】は伏線回収ポイント

重いエントランスの扉を開ける。

ガタンという音が壁に響く。オートロックが壊れてるなんて聞いてない。インターホンも無反応だし。【オートロックの故障】

これじゃ侵入し放題じゃないか。

そのまま階段で兄の住む部屋に上がる。【弟の訪問】

このマンションは比較的小さいからエレベーターを使わない方が早く目的の階まで着く。

2階分の階段を上がり兄の住む部屋の前まで来た。

これ、エントランスがフリー入場だったし流石に部屋の鍵は掛けてるよな?

持っていた合鍵をひねると ガチャ… という音がし、錠が開く感触が伝わってきた。ひと安心する。

いつものように玄関に入り、イヤホンを外そうとした時、俺の視界に───

首から血を流し倒れている兄の姿が映り込んだ。【事件の発生】

兄はシンクの前の床に横たわり、首の後ろあたりから大量の血を流していた。シンク前の床は言葉通り血の海になっていた。確認しなくてもわかる、死体だ。

状況が飲み込めない。

思考が追いつかない。

が、身体は視覚から取り入れた情報を正直に捉えて勝手に反応し始めたようだ。

胃からなにか熱いものが込み上げて来る。俺はトイレに駆け込むと体の奥からせり上がってくるものを便器に吐き出した。

なんだこれ?ドッキリか?殺された?いやでも、鍵はかかっていた……密室?それか犯人はまだこの部屋に─────

その時。

ガチャ……

玄関の方から音がした。

まずい、犯人が逃げる!そう思って便器から上体を起こした時、男の声が聞こえた。

「うおっ!ダイスケくん!?」

短い悲鳴だった。

慌てて玄関の方へ行くと兄と同じくらいの背格好をした長身痩せ型の男が兄の死体をまじまじと見つめ玄関に立っていた。春用のロングコートに身を包み、両手に革手袋をめた、いかにも怪しい男である。

「だ、誰?」【探偵の登場】

この男は探偵時代の兄の同期だという。背格好は、兄と同じくらいか。高身長で痩せ型である。名を對馬つしまと言った。【元々探偵事務所で働いていた】

俺は對馬に対して、自分がダイスケの弟であること、今家に上がったばかりであること、部屋に鍵がかかっていたことなどをを説明した。

「うわ死んでるじゃんこれ……可哀想に」

そう言って對馬は着ていたロングコートを兄にかけた。さすが探偵というべきか(?)死体を丁寧に扱っていて感心する。

コートを脱いだ對馬は色褪せたTシャツとジーパン姿をしており、少々小汚い印象だった。いかにも昔の探偵っぽい。

「あー気に入ってるコートなのにな…やっぱこっち側にしよう」

そう言って對馬は兄にかけたコートをひっくり返し裏地が上になるようにかけ直した。今更そこ気になる?

裏地にも結局血は付いてしまっていた。

────いやいやそんなことより。兄が死んでいるのだ。

「と、とりあえず警察を呼びましょう」

まだ口の中に酸っぱいものが残っていたが俺は慌てて通報を促した。

「ちょっと待つんだ弟くん。まずは状況を確認してみないか」

「は、はぁ?」

「私は探偵だ。聞く限りじゃこれは密室殺人のようだし、ここは私に任せてもらえないか……と言いたいところだけど、実際の探偵は警察のような捜査・推理をするわけじゃないのは知ってるだろう」【実際の探偵は推理をしない】

俺が頷きを返すと對馬は「私が警察に連絡しておくから到着までは勝手に色々捜査してみないか」と言ってきた。

呆れてしまった。この男は自分に酔って探偵ごっこをしてるだけのキザな変質者だ。

とりあえずここの住所を對馬に教え、そのまま通報してもらった。

どうせここから動けないし、現場を荒らされないよう探偵さんの動きを見張っておくことにする。

「そういえば弟くんはなんて名前なの?」

「キョウスケです」

「氷室?」

「残念ながら違います。苗字は兄と同じです」

「なるほど、キョウスケ・ダイスケでキョウ・ダイってわけね」

「多分関係ないと思います」

関係……ないよな?そんな安直な。

そんな事はどうでもいい。変質者が現れたせいで余計な事を考えるほど心に余裕ができてしまった。

ここは死体発見現場なんだぞ。

「そういえば對馬さんはさっき密室殺人って言いましたよね。自殺の可能性はないんですか?」

「逆に聞くが、なぜ自殺だと思うんだい?」

「そりゃ、この部屋に鍵がかかっていたからですよ。現実に密室殺人なんて起こるわけない」

そう言って辺りを見渡す。

「キョウスケ君は合鍵で入ってきたのかな?他に合鍵を持ってる人は?」

「俺だけのはずです」

「そうか」

室内の窓には全て鍵が掛かっており、荒らされた形跡はない。兄が座っていたであろう椅子もそのままで、机の上にはティーカップと紅茶、シュガーポットなど、ティーセットが一式用意されていた。冷めた紅茶がカップに残っている。どうやら1人でお茶会を開いていたようだ。【ひとりでティーパーティーをよく開く】

「じゃあ、死体をよく見てみようか」

そう言って對馬は遺体にかかっていた自分のコートを半分剥がし、兄の上半身を露わにさせた。

「首元をよく見てみるといい」

血の海を直視しないよう遠目で観察してみると首筋に無数の赤い線が入っているのが見える。

「なんだこれ、切り傷…?」

「この出血量、犯人はダイスケくんの死後に首筋を掻き切っているね。心臓が動いていないからそこまで激しい出血量じゃないんだ」

そう言って對馬は卓上の紅茶を飲み干す。現場は保存しておいてくれ……ってそんなことより、

「この血の量が激しくない・・・・・?どう見たってシンク前のひと区画は血の海じゃないですか」

見るからに兄の首から流れ出たであろう血がシンク前の床を一面赤く染めている。

「そんな薄目でじゃなく、よく見てみるんだ」

そう言って對馬は手袋越しにその血の池に触れた。水たまりに触れた時のように、指を離したところから波紋が広がり、血の池が小さく波打ったように見えた。

あまり直視しないようにしていたため気が付かなかったが……血ってこんなにサラサラだったか?

「え、これ……血なんですか?」

「首の辺り一面浸しているのは、紅茶・・だよ。それも血が混じった」

「こ、紅茶⁉︎」

しかし周辺にティーカップやポットらしきものは無い。

それじゃあまるで、兄の首から──────

血液の代わりに紅茶が溢れ出している・・・・・・・・・・……?【紅茶と同じ成分の血液】

「一体、どういうことなんですか?」

「流石にいくら紅茶好きと言っても血液がそのまんま紅茶になるなんて事は私も思っちゃいないが……なんとも不可思議な事件だ。しかしこれだけ・・ではなさそうだよ」

「というと?」

凶器・・は何だ?」

……そうだ。兄の部屋にはもともと包丁がない。兄は極度の引きこもりのくせに自炊をしない。冷凍食品だけで食い繋いでいるのだ。【冬眠準備みたいな生活】

それならなにで首を切りつけたのか……。

「キョウスケくん、弟から見て犯人に心当たりは?」

「いや、流石にわからないですよ……」

「最近よく口にしてた人名とか、変わったこととか、直近で会った人とか、事件のヒントみたいに口癖が変わってたりだとか……」

探偵小説の読みすぎですよ、と言おうとしたが少し引っかかるものがあった。

「最近よく『時の流れが早い』と口にしてました」【時の加速】

「なんだそれ」

「いや、『同世代の人と比べても俺の周りは変化が激しく、俺は変化のないままの状態で時の加速に追い付こうとしてる』みたいな」

━━そこまで言ってハッとした。

「ダイスケ君って厨二病?」という對馬の感想を無視し、思い出す。

最近コイツは実家に帰っていたはずだ。そこで幼馴染と親友に会っている

「最近実家に帰った時に幼馴染と、中学時代からの親友に会いに行ってました。久しぶりの地元だーって家族LINEに写真が何枚か送られてきましたよ」

「引きこもりのくせによく人と会ってるじゃないか。私とは超久しぶりに会うのに」

俺は對馬と数十枚の写真を見ていく。

「この子が幼馴染?カフェでお茶してるのか」【幼馴染とカフェ】

「はい、コウちゃんって言います。近所に住んでて頭いいけどよく兄とバカな会話をしてました」

「コウちゃん……ね。コウチャ、ン。紅茶……まさか!ダイイングメッセージで……」【幼馴染と駄洒落】

テキトーな推理をする探偵アホを無視して他の写真を見る。カフェの写真の次に実家の近くに建っている仏舎利塔の写真が画面に映る。

「なんかすごいとこ行ってるね……塔の中にあるのは仏像?」

そして次は2日目の写真だ。兄と仲が良かった友人とその奥さんが映る。

「こっちが中学時代の親友?」

「はい、俺もよく一緒に遊んでました」

「奥さんの方は?」

「一度会った事はありますけど全然関わりは浅いです。なんか仏像恐怖症の人だって兄が言ってました」【仏像恐怖症のお嫁さん】

「仏像……。ぶつぞう……、仏像で、ぶつぞう……まさか凶器は!」

「真面目に考えてくださいよ!大体彼らが犯人な訳ないじゃないですか」

しかし對馬は真面目な表情で続ける。


「いや、私はダイスケ君と直前に会っていた仲の良い人物こそ怪しいと思うんだ」

「なぜですか?」

探偵はおもむろに革手袋を嵌めた手を前に突き出し指を3本立てて、理由は3つあると言った。

コートを着ていないからか、あまり格好が付いていなかった。

「ひとつ、殺害現場が自宅な事。ふたつ、お茶会の様子はそのままで争った形跡はない事。最後にみっつ、オートロックが故障していた事が理由だ」

「1と2は何となく分かりますけど……オートロックの故障が理由?」

オートロックが壊れていたなら誰でも入って来れる以上、外部の人の……つまり通り魔的な犯行も考えられるのではないか。

「考えてみてくれ。オートロックが壊れていたことにより、エントランスのインターホンは完全に機能停止していただろう。ならば住人は来客の確認をどこで行う?」

……そうか。

「個室の玄関です」

「そう。なのでダイスケ君は犯人を自ら家に招き入れたことになる。もちろん、すぐそこの玄関の覗き穴から相手の顔を確認してね」

「そして遺体が玄関ではなくシンクの前にあることから、通り魔が配達員を装って玄関で奇襲を仕掛けた可能性は低い、ってことですね」

「その通り、さすがだよワトスン君」

この人完全に探偵ごっこを楽しんでるな……。

「じゃあ、對馬さんはこの密室についてどう思いますか。犯人は一体どうやって、この鍵のかかった部屋から逃走したのでしょう」

先ほど對馬が通報している間に、俺は部屋の隅々まで調べ尽くした。ベッドの下や押入れなど、人が隠れている気配は完全になかった。

「その問題に関してはまだ謎のままだ。調べているうちに何かわかるかもしれない」

探偵がそういうならこちらとしてもお手上げだ。次に2人で死因について突き止めようという話になった。

と言っても俺らは専門的な知識を持っているわけではないので、正確な検死だとか死亡推定時刻を計算するだとかはできないのだが。

「對馬さん、どう思いますか」

兄の死体を囲み2人で考える。気づけば俺も相当ノってきている。一体何をしてるんだか。

「う〜ん、毒殺とかはどうだろう」

結構ベタなことを言ってきた。

「でも毒殺なら犯人は現場に足を踏み入れずに時間差で兄を殺すことができますし、密室の謎は解けますよね」

「いや、そうでもないんだよワトスン君。首の斬撃痕を忘れたのかい?」

……そうだった。兄の首には無数の切り傷(ひっかき傷?)がついており皮膚が一部刻まれて剥がれそうになっている。これらは兄の死後に付けられたものらしいと對馬が言っていた。

「じゃあ、やっぱり犯人はこの密室に足を踏み入れ、消え失せたんですね」

對馬はあごに指を置きうーんと悩む仕草をしてから、違う案を考え始めた。俺も少し頭の中で整理する。

この事件の謎は大きく分けて6つある。

➀犯人はいったいどこから逃げたのか
②首の切り傷を付けた凶器は何なのか
③首から流れた血が紅茶なのは何故なのか
④なぜ犯人は死体の首を傷つけたのか
⑤直接の死因は何なのか
⑥犯人は誰なのか

犯人は誰か……うーん、手掛かりが少なすぎる。
兄はほとんど人と会わない為、直前に会ったとされる写真に映っていた人たちが怪しいのはまぁ確かなんだけど……


紅茶のダイイングメッセージでコウちゃんだとは思えないし、仏像恐怖症も関係なさそうだしなぁ……

突然現れた對馬も充分怪しいが……捜査に協力的だし、それを言ったら死体を発見した俺の事を向こうは怪しんでいるだろうし───────

そんなことをグルグルと考えていると、對馬が口を開いた。

「ここに来て、事故死の可能性とかはないかね?」

「じ、事故死?どういう事ですか」

「ほら、例えばこの現場にあるティーパーティーの様子からさっき思いついたんだけどね」

對馬はとっておきの推理を披露するかのようにコホンと一息ついてから、

「紅茶が原因で体内に毒になりうるものが生成されて死に繋がった、という可能性はないだろうか」

このバカは何を言ってんだ?そんな事あるわけないだろ。

「そんな顔で見ないでくれ、言い方が悪かった。まずは紅茶に含まれるタンニンという成分について少し説明したい。ルイボスティーとかには含まれないらしいが、この紅茶は見たところそうじゃないからその可能性はいったん捨てておく」【ルイボスティーを全く飲まない】

對馬は問答無用で推理を続けようとした為、俺も黙って聞くことにした。

「タンニンには、鉄分の吸収をさまたげる働きがあるらしいんだ。そして彼は写真や現場の状態を見る限り、連日紅茶を大量摂取している。鉄分不足だと何が起きる?」

「そりゃ貧血でしょうけど……」

「そう!貧血だよ!彼はお茶会中に台所に立ったところ貧血で倒れ、そのまま……」

「そんなわけないでしょう!いくらタンニンが含まれる紅茶をがぶ飲みしたって、その成分の効果が急にあらわれるわけない!」

俺はこの人のいい加減さに呆れて怒鳴りつけた。ふざけるのも大概にしてほしい。

「まぁ落ち着いてくれ、ここからが私の仮説なんだ。君、“ノセボ効果”を知っているかい?」

ノセボ効果?急に何の話をしているのだろう。俺は首を横に振った。

「ノセボ効果とは心理学的効果のひとつで、例えばある患者に益も害もない薬を投与したあとに『これはヤバい副作用のある薬だ』と信じ込ませると、実際に患者の体調が本人の予期した通りに悪化していってしまう……というような、思い込み効果の事だ」

「プラシーボ効果の逆、的な?」

「その通り。それが彼の体にも起きたとしたら?……彼は最近口癖のようにある事・・・を言っていたんだろう?」

……まさか。

兄が最近不自然なほど口にしていた事が、実際に起こったというのか?
しかも思い込みの力で?

時の加速・・・・を……?」

對馬は静かに頷いた。

「彼は今回の帰郷で幼少の頃の幼馴染と学生時代の親友に会い、いわば走馬灯のようにこれまでの記憶を遡る再会を2日連続でした。その結果、普段から感じる時の加速をより強烈なものにした。脳は記憶を司る重要な器官であるのと同時に、身体全体に指令を下しコントロールする器官でもある。脳の強烈な思い込みと、誤った指令で彼の体内では実際に時の加速────例えば異常なスピードの新陳代謝など────を起こしていたんだ。そしてその期間に続けて飲んでいた紅茶も、その時の流れに乗ってしまったんだ」

「では今回の兄の死因は……体内時計の急加速でタンニンの鉄分吸収速度が跳ね上がったことによる貧血……で倒れて打ちどころが悪かった、みたいになるんですか?」

「それだと、彼の血液が紅茶みたいになっているのも強烈なノセボ効果で説明がつく。思い込みの力が現れた結果だろうね。それに……あそこにあるフィギュア、ジョジョに出てくるプッチ神父だろ?あのキャラクターは『時を加速させる能力メイド・イン・ヘブン』を持っているはずだ。毎日そんなものを見ていたら、時の加速を意識しちゃうんじゃないかい」

兄は時を加速させたことにより死んだ……本当にそうなのか……?

その思い込みの力が本当なら、直接の死因密室の謎紅茶の血液は強引に理由付けができるが……

「でも、それだと首の切り傷の説明がつきません。それに……プッチ神父の能力は進化・・するんです。あのフィギュアの形態ホワイトスネイクではまだ時の加速は使えない。使えるのは記憶をディスクにして取り出したり、ディスクをフリスビーみたいに投げつけて命令したりする能力です」

「!?」

對馬が急にこちらに顔を向けてきた。何かおかしなことを言ってしまっただろうか。

「まだ完全に解明できていません。アプローチを変えてみましょう。……首の切り傷はなんのためにつけられたのか」

「ウーム…」

自分の説が否定されて面白くないのか、對馬は壁をぼんやり見ながら無言で立っている。

それにしてもなぜ犯人は兄の死体の首に傷をつけたのだろう。

まぁ、首に切り傷って事なら…

「首を、斬りたかったとか?」

「……何?」

對馬に聞き返されて少々焦る。

「いやなんとなく思いついただけで何も推理したわけじゃないんですけど」

「なぜ首を斬る必要が?」

「い、いや……よくあるのは死体を本人のものかわからなくさせる入れ替わりトリックとかじゃないですか?知らないけど」

でも高身長の兄の死体と入れ替わるとしたら同じくらいの体格の人じゃないと成り立たなくないか。

……同じような体格?

俺は慌てて對馬を見た。初めて見た時から思っていた。


────兄と同じ体格だと・・・・・・・・


嫌な予感がぞわりと背筋を伝い、一度頭を整理すべくテキトーなことを言って誤魔化す。

「それにしても、包丁を持ってない兄は普段どんな食生活送ってたんですかね〜」

急にかいた嫌な汗を冷やすために冷凍庫に手を伸ばした。そこに奇妙な物体を発見した。

大きな薄い丸皿が冷凍庫に無造作に入っていた。表面にはアルミホイルがちぎれて付着していた。これではまるで、何か薄い円盤のようなものを凍らせていたような────

……まて、そういうことか?

つまり、犯人は────。

「對馬……あんたが?」

對馬はこちらを見て黙っている。嫌な空気だ。

「私が犯人だと?なぜそう思う」

「よく考えればおかしいんですよ。俺は兄が包丁を持っていないことを知っているから、自然と凶器が現場から消えている事を想定できている。でも、なぜあなたは凶器が犯人によって持ち出されたと考えない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはあなたが包丁を使おうとして、ないことに気が付いたからじゃないのか」

對馬は兄の首の切り傷を指摘したときに「凶器は何だ?」と言った。この発言は、この部屋に刃物がないという事を知っているから出たのではないか?普通、兄の部屋に刃物が無いとは思わないから「凶器はどこにある?」と聞くはずだ。そしてコイツは自分で兄とは「超久しぶりに会う」と言っていた。以前から家に来ているため知っていたという言い訳はできない。

「単なる言葉のあやだよ。それだけで決めつけるのは早計だ。……それとも私が犯人だったなら、今まで推理を重ねてきたこの事件の謎に答えを出せるというのかな?」

そうだ。ひとつずつ考えていけばわかるはずだ。

……間違いない。

「今思えば登場の仕方からおかしい。アンタは俺が家に到着するよりも先にこの部屋に来ていたんじゃないのか。そして俺が部屋に訪れたタイミングで奥の部屋に隠れ、俺がトイレに駆け込んで吐いている間に玄関まで抜け、あたかも今到着したかのように見せかけた。密室の謎はこれしかない」

「もちろん私は否定する。そもそもそれだとあまりにも計画的じゃない。部屋から逃げずに玄関に向かうなんて、君がトイレに行くかどうかに賭けるしかない。イチかバチかじゃないか」

そう、イチかバチかだったんだよ。なぜなら唯一の脱出経路であるベランダは、安楽椅子によって遮られていたから・・・・・・・・・・・・・・・・。犯人は逃げたくても逃げれられなかったんだ」【ベランダを塞ぐ安楽椅子】

「で、でも急に訪問する弟に咄嗟に反応できるとも思えないだろ。合鍵で玄関が急に開くんだぞ。常人の反応速度じゃない」

「いいや。オートロックの故障により、エントランスの重いドアが開かれるのが音と振動でこの部屋からでもわかるんだ。先に察知することはできる。そして、アンタがこの部屋に来たときに──その音と振動はなかった

たしかに俺はトイレで吐いていた。しかしその間にエントランスから音と振動は全くしていなかった。にも関わらず急に玄関を開けて對馬は入ってきた。これはエントランスを通らずに玄関にあらわれた証拠────つまり部屋の中からあらわれた証拠だ。

「……」

「おかしかったのはその後もだ。兄の死体にロングコートを掛けたお前は、しばらくして表裏をひっくり返してまた掛け直していた。あれは、自分のコートについた返り血をカムフラージュする為なんじゃないか?」【コートを掛ける對馬】

あの時對馬は「気に入っているコートなのにな」と言って血に触れる事を考慮して裏返していたように振る舞っていたが、実際は逆だったんだ。遺体の側の血で返り血を上から誤魔化していたのだ。

「ロングコートを脱いだお前の服装はお世辞にも綺麗とは言えない。知り合いの家にお邪魔するというのにだ。あまり金銭面で上手くいっていないとか、何者かから逃げているとか、借金を抱えてるだとか、それから逃げるために同じ体格の兄の首なし死体を手に入れて成り代わろうとしたんじゃないのか?自分が死んだと偽装するために」

完全に憶測を並べてまくし立てる。この男を犯人とすると、全てがつながり口から無限に数多の可能性が飛び出してくる。

「凶器……首の傷をつけた凶器は何だと思う?」對馬がこぼした。

「さっき氷室れいとうこでこの丸いプレートを見つけました。よく見るとアルミホイルが付着しています。まるでこの器で何かを凍らせていたように見えます。この部屋にある物でまず頭に浮かぶものは、紅茶・・です【氷室】

「紅茶……」

「犯人は紅茶をフリスビー状に薄く丸く凍らせて、それを凶器として使用しました。ピザカッターや円形ノコギリみたいに。もちろんその前に兄の息の根を別の方法で止めてからですけどね」【フリスビー】

「別の方法?」

「それは残念ながらわかりません。俺、検死できないし。でもこれで、首の切り傷とその周辺の紅茶の血液の謎が解けました。やはり兄の血液は紅茶なんかじゃない。あの紅茶は、凶器そのものである紅茶のフリスビーが溶けたあとだったんだ

對馬がふっと薄い笑みを浮かべる。

「……降参だ」

「君の言った通りだ。ダイスケ君の直接の死因は簡単な毒だ。紅茶に混ぜて飲ませた。動機もおおむねあってる。刃物がなくて焦った私は、彼と成り代わるために彼の顔を焼こうとした。しかしコイツの家にはIHしかない。オール電化で火も使えないときちゃ何もできない。そこでコイツが今月の記事ネタに仕込んでいた紅茶のフリスビーを思い出したんだ。それで試してみると意外と切れ味が良くてね」

俯きながら罪を告白する對馬をじっと見つめる。

「相当気が動転してたんだろう、切断できるはずもないのに夢中になってガリガリ切っていたらやはり刃こぼれが起きてきてしまって……結局細かい傷しかつけられなかった。でも証拠は隠滅しようと思ってIHで氷を溶かし、床にこぼして血と一緒に拭こうとした」

……なるほど。その時の状況が思い起こされる。どうりであの奇妙な現場が作られる訳だ。

「その過程でコートに血も付いてしまって、慌てていたら君が帰ってくる音と振動がエントランスから伝わって来た。あとは君の推理通り、外に出られず奥の部屋に隠れて、タイミングを見てうまく切り返し、密室に見せかけた」

「紅茶の毒はどうしたんですか」

「さっき私が君の前で飲み干しただろ。証拠隠滅済みだ。……ぐ、ぐふっ!」【卓上の紅茶を飲み干す對馬】

そう言って對馬は突然苦しそうに倒れた。俺は慌てて駆け寄る。

くそ!もっと早く気付いていれば!今までの探偵ごっこは毒が自分にまわるまでの時間稼ぎだったのか。

このままじゃ死に逃げされる!

「おい!最後に聞かせろ!兄は……兄はどうして紅茶でフリスビーなんかを作っていたんだ!」

虫の息でヒューヒュー言いながら對馬は口角を上げ答えた。

「そんなの……決まってる……あいつは、もう一度子供の頃の遊びが…したかったんだ……」

「時の加速を止め、そしてさかのぼるために……」

「その相手に、私を……共通の少年時代の思い出のない、元同僚である私を、選んだ」

「そして、記事のオチに、得意のだじゃ……れを……披露す……ため…………」

「紅茶が、凍っちゃ……った────つめティー……」

對馬はそう言って息絶えた。【記事のオチが強烈な駄洒落】

めでたしめでたし。

1998年4月生まれ。墨田区民。今年から月1投稿がんばります(> <)
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