小説を読むと、登場人物たちの知的な会話に憧れる。
中でも好きなのが「話を先読みしてアドバイスをする系」のやつだ。
例えば、そうだな……こんなやつだ。
「いや〜ゴメン、遅くなって!さっき酷い目に遭ってさ」
「それは気の毒に。……20分の遅刻か。いくら動物が可愛いからって無闇に近寄るのは遠慮したほうがいい」
「えっ……俺はまだ何も……」
「聞かなくてもわかるよ。この20分の遅刻、息の上がり方、そしてそのサンダル。
遅刻しているなら走ってくるものだろうにあえてのサンダル、息も上がっているから無理に走ってきたんだろう。これは足元に関してなにか『酷い目』にあったと推測できる。サンダルを履かざるを得なくなったのになにか理由があるんだろうね。靴に関する事なら家の中で起きたとは考えにくいし、家の外で“自分がこのまま人と会うのを躊躇うほどの何か”が起きたのだろう。
足に派手な汚れが付着してしまった、とれない匂いが付いてしてしまった、とかかな。
原因はそうだな、散歩中の犬かなんかに小便をかけられてしまった、または側溝に足を突っ込んでしまった、とかじゃ無いかと思うのだよ。でも『酷い目にあった』と言っている以上、自分以外の何かが原因でそうなってしまったのではないかな。ならば側溝に落ちたというより犬に小便を引っ掛けられた、の方がしっくりくる。で、一旦家に引き返し、足だけシャワーで洗って、サンダルに履き替えたんだ。これが20分遅刻した理由だ。そうだろう?」
いやこいつダルすぎる。一生孤立ルート最速走者だ。気安く話しかけないで欲しい
そもそもやってみたところでできるものでもない。
極限レベルの論理的思考力・水平思考力・冴え渡った観察眼を持ち合わせていないと、このレベルの推理など到底無理な話だ。
あと、その例で考えてみてもらいたい。遅刻してやって来た側からすると、合流するなり目玉をギンギンにかっぴらき、額に青筋を立てながら爆速で推理を組みたてながら無言でサンダルを睨みつける化け物と相対している光景が広がる訳だ。
「さっき酷い目にあってさ」などいってる場合ではない。今まさに眼前のギョロ目の鬼に酷い目にあわされるのではないかと戦慄することだろう。
それに対してこちら側ができることはただひとつ。目には目を、歯には歯を、推理には推理をぶつけるべし。
こちらも「相手が何をしようとしているのか」を脳を急速に働かせて推理するのだ。
自ずと容姿にも変化があらわれる。血走った眼球、こめかみに浮き出る血管、眉間に寄る皺。
思考を巡らせることに集中するあまり半開きになる口から涎が垂れ落ちる。
集合場所には突如2体の飢えた悪鬼が出現。
歪んだ口の端から垂れ下がる舌と糸を引く唾液が地面に跡を付け、2体の鬼は推理合戦を始める。
「キミ……犬に、オ、おしっこ……かけられたよネ……」
それを聞いただけで遅刻鬼は相手の思考回路を推理し返す
「ナルホド……オマエはおれのサンダル、荒い息遣イから サンダルで走って来た と仮定シ、そう推理したわけダ」
「その通りdeath……」
「その推理は間違っていル。実際は20分の寝坊で慌てて出て来た為靴下を履く時間が無かったのダ」
対面の鬼が目玉を限界まで開く。ブチッという音がした
「そんなはずはなイ! 『酷い目にあった』と言っていたダロウ」
遅刻鬼がひしゃげた顔面をさらに歪ませ、口から乾いた笑みをこぼす。
「酷いとは思わないか、目覚まし時計が壊れていたのダ」
瘴気を撒き散らした、醜き鬼の闘争が始まる。見るに耐えない。
なんの話をしているのかわからなくなって来た。
難しい言葉を無理やり混ぜても結局読み手の記憶に残るのは「鬼」と「おしっこ」の2単語だけだ。
現実で賢いムーヴをしようものなら、人は知能を捨てた獣に成り下がる。これではダメだ。
◇
では、推理を披露する以外にかしこさを表現する方法は無いだろうか。
先ほどのような論理的思考力を持つキャラクターといえば、青崎有吾作品の裏染天馬や米澤穂信作品の小鳩常悟朗が最近では思いつくが、どちらも高校生である。かと言って古典にまで戻ってシャーロックホームズを挙げるのも少し違う。
好きな小説家、飛鳥部勝則氏の作品に妹尾悠二という美形の芸術家探偵が登場する。
彼もまたクールで頭の切れるキャラクターだ。
言動から滲み出るスマートさもそうだが、彼が芸術家という点がイメージ内のかしこさに拍車をかけている。
ならばおれも彼に倣って芸術に傾倒してみるのはどうだろう。
最近大きなキャンバスに富江を描いたばかりだし、趣味の飽きが来ないようにこの波に乗るのは大切だ
ところでおれは絵を描くことが嫌いではないが、人の顔を描くのが大の苦手である。
人物画などには一切触れず、子供の頃からドラクエのモンスターばかり描いてきた。


そして今は油絵という道具を持っている。油絵ならば繊細なタッチよりもダイナミックな筆使いで、ある程度作画に誤魔化しが効くのではないか。
一応最近富江の絵を描いたが、人物画というよりほとんどアニメ絵のようなものだったのでノーカンである。彼女はほとんどモンスターだし

試しに自画像を描いてみる。まずは下描きだ。

……who are you !
キャンバスに描かなくて本当に良かった
なんというか、ピカソのようなキュビズムを感じるデザインになってしまった。
でも大丈夫。油絵でパパッと塗りたくればこんなモノだって、



誤魔化しは効く!
初めてにしては上出来だ
先ほどのキュビズムくんより自分の顔に近づいた気がする。
顔色は悪いがまあいつもこんなモノだろう。
大体40分で1枚仕上がった。
(絵の具をケチったため使用した色は画像右上の3色のみである)
この調子で人物画を練習して上達してくぞ〜〜
次は誰を描こうか、と悩んでいると友人の對馬くんから「次は是非僕を描いて下さい」とLINEがきていた。形だけ快諾したが、裏で同時にLINEをしていた指原さんを描く事にした。
野郎よりも美女を描く方がモチベが上がるっての
◇

今回は下描きから違うタッチで描いてみた。
女性を描くと二次元キャラ的なタッチになる。慣れていないのがバレバレだ。
あまり線が細くなりすぎると今の俺の筆スキルでは扱いきれなくなってしまうし、少し様子見しながら塗ってみる。
ちなみに本来は下描きも筆でやるらしい。無理で〜す。びよよ〜ん


かわいい

かわうぃい

だんだん塗り絵になってきている事に気づく。
これでは色鉛筆でよくないか。
自画像と比べてもまるきり描き方が違っている


可愛いことは可愛いが、俺はもっと油絵って感じの絵にしてみたい
一旦乾燥がてら、油絵で描かれた名画を振り返ってみる。
パララ……

ムンク

カラヴァッジョ

ルドン

ドラクロワ

ルノワール
う、上手すぐる
今一度俺の絵をみてみる。
画家でない上に初めての人物画を趣味で描いてる俺と超偉人たちの作品を比べる訳では無いが
次元を超えたマスターピースたちを前に急にコッ恥ずかしくなってきた。
急に目の前の自分の作品の質に下降補正がかかったような気分になってしまった。非常にまずい。
ただでさえずっと同じ構図で見ながら描いていたので軽いゲシュタルト崩壊を起こして正常にパーツを見れていないのだ。
ひどく歪んで見える。
◇
そしてこの日は幼馴染が我が家に泊まりに来る予定が入っていた。都内で用事が入ったため宿代わりに、との事である。
一旦作業を中断し、幼馴染と合流する。
その幼馴染はおれが幼稚園に入る前のバブバブ頃からの仲良しクンで、めちゃ頭がいい。
つまり今回の記事のテーマの“かしこさ”にはピッタリの人材である。
お泊まり会ではさぞかしこい会話が飛び交うものだと予想していたが、家に上がって直ぐにした会話といえば
俺 「そういや調査の封筒来てんだよな〜」
幼馴染「国勢調査?」
俺 「うん、国勢調査」
幼馴染「うんこ臭ぇ調査?」
である。
寝る前のチルい時間では “ない朝ドラのタイトル”を交代で言い合うゲームを延々としていた。
「けちょんけちょん」「きれねんこ」「うおのめ」「ほそちくび」「わるいいじ」などが無限に挙がった。
その後幼馴染が寝たあと(ベッドも無いので)ひとりで油絵の続きに取り掛かった。
1度幼馴染が深夜3時に目を覚まし、作業中の俺を撮ってくれた。昭和の物書きすぎる


時刻は3時半。顔面に影とかを入れて、俺の自画像みたいな荒々しいタッチに近づけてみる。

影……影……

目……目……

光……光……


口……にっこり

と、ここで緊急事態が発生する。
描いている途中にカクンと寝落ちしてしまい、筆が思いっきり顔面の意図していないところを塗りつぶしてしまったのだ。
さすがに寝ぼけ眼でカメラを起動する脳は無く、
急いで修正したあとの画像しかないのだが───────

筆の太さも何もかも間違えた!

ア゙ア゙ッ!?!
とても今の眠気では修正がきかない!


最悪な状態で1時中断することに
◇
次の日。
こうなってしまったものは仕方がない。
一旦塗りつぶして、もう違うスタイルで顔を作り直すことにする。


お、いけそうか?

あっダメそうだな!

もう元の顔を思い出せないでいる。あなたはだあれ?

形を作っては塗りつぶし、の繰り返し。
完全にドツボにハマってしまった。
1度リセットするべく、再び画集を開く。
目に止まったのはエドヴァルド・ムンクの『マドンナ』という作品。

堀口大學訳のボードレール『悪の華』の表紙になっている作品だ。油絵ではないがムンクの中でも特に好きな絵だ。
この表情、参考にできないか。
おれは今顔面、特に目の描き方に困っている。
目が描けないなら、閉じてしまえばいい

オディロン・ルドンにも『目を閉じて』という作品があった。
よし、路線変更だ。
何とか緊急の処置を施す。

ぐっ

まっ、まぁ……

こんな……ものか
連続で描きすぎて紙の上で絵の具が混ざりあってしまい、これ以上綺麗に線を引けない状態になってしまった。
あとシンプルに油絵特有のキツイ匂いでラリってきた。このまま続けては気が狂ってしまう。
気付けばもう10月になろうとしている。
続きは来月以降の俺に託すとして、完全に乾くまで休戦とする。
◇
絵の具を片付けようと立ち上がり、ふと後ろを振り返ってギョッとした。
巨大な女性がこちらを睨みつけていたのだ。
一瞬、寝不足による幻覚かと思うと同時に、幼い頃のある記憶が蘇った。
幼い頃、俺は一度だけ幽霊を見たことがあるのだ。
◆
実家の父親の書斎には色々なものが置いてあった。
本、道具、仏像など、難しくてよく分からない景色はおれの冒険心を強く刺激した。
特に侵入して最初に味わう油彩画の匂いとお香の混ざったような神秘的な空気が一段と異世界を思わせた。
両親が共働きだった為、下校後のひとり時間はたまに書斎の中を探検していた。そんなある日、探検中のおれの視界の隅から不意に不気味な視線を感じた。ゆっくり振り返ると───────
緑色の服を着た女性がクローゼットの奥から、こちらを睨みつけていた。
家には自分以外誰もいないはずである。そう思っていたため直視せずに視界の端で女性の上半身を捉えた瞬間逃げ出した。
それ以降あまり頻繁に書斎へ足を運ぶこともなくなり、年月を経るごとに記憶から消えてしまっていた。
なるほど、今やっと幽霊の正体がわかった。
ひとりで納得し、今一度我が家に現れた幽霊の写真を撮る。

つまり、父親の描いていた母親の肖像画がウォークインクローゼットの鏡に反射して映っていたのだ。
幼い自分は視界の端でクローゼットの方から無機質な視線を感じて逃げ出したというわけだ。キャンバスをクローゼットに収納するとは思えないので、おそらく鏡の反射なのだろう。
自分の絵では一瞬びっくりしたものの、すぐに絵だと判別できた。
父親の人物画は幼い自分に確かな恐怖を与えた。
俺も精進せなばならない……
でも過去の事件の解決に繋がったので【かしこさ】の経験値は獲得したのではないかね?
